1995年4月から「県立教育センター」という行政機関に異動しました。教育センターについては、前回のエッセイをご覧ください。
教育センターでの勤務と教育現場での仕事の違いは多々あり、中でもかなり大きな比重を占めたのは「学習指導要領」の存在です。学習指導要領とは、文部科学省によると「全国のどの地域で教育を受けても、一定の水準の教育を受けられるようにするため、文部科学省では、学校教育法等に基づき、各学校で教育課程(カリキュラム)を編成する際の基準」を定めているものです。そして学習指導要領では、小学校、中学校、高等学校等ごとに、それぞれの教科等の目標や大まかな教育内容を定めているわけです。戦後、概ね10年のサイクルで改訂されてきました。
教育現場の教員時代は「学習指導要領」に対してはあまり意識せず、担当教科(数学)の単元配列が変わればそれに従って授業をする程度の認識でした。しかし、教育センターで教員研修を担当するようになってからは、直接仕事に影響するようになりました。
特に高等学校の2003年度の対応が印象に残っています。新教科「情報」と「総合的な学習の時間」の新設で、新教科「情報」は、高等学校としては戦後初の新教科でした。過去、小学校の「生活科」の新設がありましたが、この新教科「情報」に対しては、「学習内容」、「教員」、「教科書」すべて零から始めることになりました。1999年3月のことです。
それまでは、「算数・数学」担当の指導主事でしたが、1998年4月から「情報教育」担当に所内異動していました。ある日、担当室長に呼ばれ、11月に文科省が実施する研修の出張依頼を受けました。場所は、つくばにある文科省の研修所、期間は11月4日から11月17日の2週間です。集められたのは東日本の情報教育担当指導主事。北は北海道から名古屋・三重あたりまででした。
研修内容は、新教科「情報」として想定される内容を受講するというものです。そして、研修後は翌年2000年3月に行われる指導教員養成用の研修会への対応。2000年8月から実施予定の「現職教員免許講習」のための「講師養成」研修会という位置づけです。早速、県内で「情報」を教えることが可能な先生がたを探して、3月の研修会に参加してもらう準備をしました。主な対象は数学、理科、工業、商業の先生方でした。その後、2000年夏15日間の講習の企画・運営と続きました。
そして2000年夏から3年間実施され、全国で情報科免許を取得した教員たちが戦後初の「情報科教員」として2003年4月を迎えることになったわけです。
現在、情報科は教員養成などにもいろいろな課題がありますが、「大学入学共通テスト」科目として位置づけられ、高等学校において探究学習と関連させながら、これらから社会における教育の重要教科として位置づいています。
次回は、次期の学習指導要領の改定が現在、どのように進捗しているかをお話します。