学校での水泳指導減少の背景とは? 現状と今後求められていること

以前は、ほとんどの学校にプールが設置され、夏になれば水泳授業を行うのが当たり前でしたが、学校でのプール授業(水泳指導)は減少傾向にあります。

学校の水泳指導が始まるきっかけとなったのは、1964年の東京オリンピックの前、1961年に制定された「スポーツ振興法」です。このときに国が学校に対してプール建設の補助金を出すことが決まり、全国の学校にプールが設置され、水泳の授業が始まることになりました。それから約60年が経過した今、どのようなことが水泳指導の現場で起きているのでしょうか。教員を志す方も、現役教員の方も知っておきましょう。

ライター

emikyon

・元公立学校教員

・教育委員会にて勤務

・eduloライター歴2年

なぜ減っているの? 学校水泳における課題は何か

学校水泳(プール授業)における問題はさまざまあり、教員の管理面や子どもの健康などの視点で課題を解決することが求められます。はじめに水泳指導の減少の原因となっている水泳指導の課題を3つに分けて紹介します。

子どもの健康や安全への課題

ここ数年、温暖化の影響により、夏になると厳しい暑さがはじまります。子どもの健康のため熱中症対策も各学校で厳しく行われ、熱中症指数(WBGT)が一定以上になると原則運動を中止しなければいけません。もちろん水泳の授業も運動とみなされるため、気温によって授業が中止になることがしばしばあります。

また、以前は夏休みには、プール開放としてプールを開放し、夏休み期間の子どもたちが学校のプールを利用して遊ぶという光景もよくありました。しかし、登下校の暑さ対策プールサイドの安全対策を十分にすることができない、プールの子どもたちを監視する人員の手配ができないなどの理由で、プール開放を取りやめる学校が増えています。

参考文献:水泳指導の手引き,文部科学省,https://www.mext.go.jp/component/a_menu/sports/detail/__icsFiles/afieldfile/2014/06/10/1348570_1_1.pdf(参照2024-7-17)

施設・費用面における課題

2つ目の課題が、プール施設の老朽化です。冒頭でプールの設置は1961年のスポーツ振興法を受けて建設された学校が多いと説明しました。つまり、日本国内の学校にある多くのプールは、建設されてから60年近く経過しているものが多くあるという点です。 

いくらコンクリートで建設されたプールとはいえ、老朽化に伴う漏水やプールサイドの劣化などが起きており、修理に多額の費用がかかるため直すことも難しい状況の学校もあります。また、水をろ過する循環器は常に塩素にさらされている状態で錆が出ており、しかも、何十年も前に導入された機械のため、現在では部品の供給や直すことができる業者がいないこともあります。そのため、プールの機械が故障するともう動かすことができない極限状態で稼働していることもあるのです。

さらに追い打ちをかけるのが改修費用と維持費用です。プールは巨大の構造物のため改修工事をするといっても億単位の費用がかかります。その後も学校プールを継続していくのであれば維持費用もかかります。

ここ数年問題になることもある「プールの水出しっぱなし問題」ですが、プールの水を1回満タンにするだけでも100万円以上の水道代がかかり、さらに2か月程度の稼働であっても、順次新しい水を入れていなかければ水が悪くなってしまいます。屋外プールの場合、雨水や飛来物がプールに入ることもあり、常に汚れる危険性があります。毎年1回のプール清掃も業者に委託するとお金がかかりますので、どうしてもプールの維持費が高額になります。

教員の負担に関する課題

3つ目が教員の負担に関する課題です。水泳指導は命の危険性がある授業のため、複数教員での監視子どもの健康チェックなどをしっかりと行う必要があります。そこまでしても、2024年7月に高知県で水泳指導中に死亡事故が起きてしまうなど、年間平均で5人ほどの大切な命が授業中に失われている実態があります。事故やけがが起きると、教員の責任が問われることになるので、教師への負担が大きいです。

さらに管理面でも負担です。前述の「プールの水出しっぱなし問題」では、漏れた水の代金の半分を教職員個人や管理職が賠償するという事例が生まれました。水泳の授業期間中はプール当番が毎時間塩素濃度を測定して記録、塩素薬剤がなくなれば毎日補充しなければいけないなど休みの日を返上して出勤し、プールの維持をしていかなければいけません。

参考文献:Ⅰ 学校の管理下における水泳事故の現状,日本スポーツ振興センター,https://www.jpnsport.go.jp/anzen/Portals/0/anzen/anzen_school/suiei2018/suiei2018_2.pdf(参照2024-7-17)

民間施設を活用する取り組みが本格化

上記のさまざまな課題により、近年始まった新しい取り組みが「自治体のプール」または「民間の水泳施設」を活用する取り組みです。自治体のプールは市民プールなどで、既に民間業者に管理運営を任せているところも多くあります。そこで、民間のプールを利用して水泳の授業を行い、水泳指導も専門家に委ねる取り組みが始まっています。民間プールまで移動する時間と交通費(バス代など)が必要になりますが、この方が現状のプールを改修し、維持するだけの費用を支払うよりも経済的であるという試算も出ています。水泳の授業実数は学校のカリキュラム編成によって異なるものの6時間から10時間程度、少子化の進んだ現在は、1学年を1台のバスで移動することも可能であり、民間の受け入れ施設が多くある自治体では、既に移行が進んでいます。

夏にやる必要がなく予定が組みやすい

民間施設で、受け入れができるのかという疑念を抱く人もいるかもしれませんが、その点はクリアーできます。まず、屋内型の施設であれば夏を問わず年中水泳の授業をすることができるのでカリキュラムを変更し、学校間で調整すればプールの使用期間を均等に割り振ることができます。また、悪天候による水泳の授業中止の可能性も低くなります。民間水泳施設側にもメリットがあり、民間水泳施設の午前中は比較的利用者が少なく、学校が終わった後の時間帯に「水泳教室」を設定していることが多いので、午前利用をしてもらうことができるのは施設の稼働率をあげて、収益につなげることができます。

学校側も、水泳の専門指導者に指導をしてもらうことができるメリットがあるだけでなく、その時間は担任がサポートに回ることができるのでより多くの眼で子どもたちを見守ることができます。

一方で懸念されているのが施設の数です。比較的人口の多い都市(10万人以上いるような市町)であれば、市内に民間水泳施設を有しているケースが多いですが、人口の少ないところでは民間の受け入れ施設がなかったり、あっても長距離の移動を求められたりするケースもあります。今後は、こうした市町の広域的な連携が大切になる可能性があります。

参考文献:水泳授業民間委託の試行実施について,京都市教育委員会

https://www.city.kyoto.lg.jp/kyoiku/page/0000326248.html(参照2024-7-17)

子どもの命を守る水泳指導は新しい時代に合った形に変化

子どもたちに水泳指導をするきっかけとなったと言われているのが、1955年(昭和30年)に起きた紫雲丸事故です。この事故で修学旅行生168名が犠牲となり、命を守るために水泳が必要となり、現在の学習カリキュラムが生まれ、プールが各学校に設定されました。

一方で、時代が経ち老朽化や少子化の影響を受け、従来の水泳指導を学校現場で行うことができなくなってきているのも事実です。今後は、学校だけでなく民間や行政の力を借りながら令和の時代にあった新しい水泳の授業のやり方に変化していくと見込まれています。

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