【校長インタビュー#1】早稲田大学高等学院学院長 武沢 護 先生に直撃!!

edulo編集部として初めての取材企画!!
記念すべき第1回目は、中高一貫教育を提供する私立男子中学・高等学校の早稲田大学高等学院(東京都練馬区上石神井)の学院長 武沢 護先生へ取材を行いました。武沢先生の経歴や、何故教員を志望したかなど教員志望の方は勿論、現職の教員の方も、非常に勉強になるお話について伺いました。

①ご挨拶・経歴について

edulo編集部(以下 『編集部』)
「本日は、このような機会を設けていただきありがとうございます。」

武沢先生(以下 敬称略)
「塾や予備校に学校の内容を話すことは多いのですが、このようなメディアのインタビューはあまりないので非常に新鮮です。」

編集部
「はい、ありがとうございます。ちなみに、現在は学院長もやりながら教職大学院で指導されているそうですね。」

武沢
「私が指導している教職大学院の学生は公立の教員志望者よりも私立学校の教員志望者が多く、私学志向に強い傾向がみられます。おそらく自分自身の実体験を持って学校での就業をイメージしているのかもしれません。特にここ5,6年は私の担当している学生たちは私学志向が強いですね。彼らの就職活動は、直接、学校にコンタクトを取ったり、大学に掲示してある求人票を見つけるなど、自分たちで情報を集めて、各学校の比較や彼らなりの各校の短評をまとめてみんなで情報を共有しているようです。

早稲田大学の場合は東京都、神奈川県、埼玉県と連携校協定を結んでいて、2年間の臨床実習を実施していますが、それでも私学志向が強い傾向にあり、特に中高一貫校を目指す学生が多いです。学生の出身が私立の中高一貫となると私学志向がより強いものになることが多いと感じています。また、教職に就こうとする学生のきっかけが『両親が教員のため教員を目指す』であったり、『自分自身が中高時代に恩師に影響された』であったりするので、学生を指導するとき、プロフィールを見ることでおおよその志望の見当がつくことがあります。もちろん、私立中高出身で早稲田大学に入って公立の教員になる学生もいます。
ともかく学生たちには教員になるにあたってはもう少し視野を広く持ってほしいと思っています。今の学生たちを見ていると、安定志向が強いのでチャレンジ志向を持ってほしいなと感じています。」

〇教員を始めたきっかけとは?

編集部
「とはいえ、武沢先生も都立高校を卒業して神奈川県の公立の教員になられたというのは、やはり実体験をもって志望したのではないでしょうか?」

武沢
「学部当時、大学院まで進学するつもりで数学を専攻していました。実は、教員になるつもりは全くなかったのです。少し上の先輩たちは数学科を出ていても電気メーカーや自動車メーカーの企業に行く人も多く、私も漠然と研究職や企業への就職を考えていました。しかし、オイルショックで企業は即戦力を求めていたので、『数学科の学生なんて役に立たない』と言われました。ちなみに、当時の数学科の卒業生は企業でシステムをやったり、統計を使ったりするような金融、証券、保険業界にいく人たちが多かったです。私は、大学院に行ってプラプラしようと思っていました。しかし、いざ大学院も卒業となった時に、周りの学友と自分とを比較して私の性格では企業人が務まる気がしない、かといって大学のポストというのもなかなか厳しいし…というのを指導教授と話していたら、『武沢くんは教員にでもなったらどうかな。夏休みもあるし、好きな数学もできるし。』と言われました。そこで初めて教員という仕事に対し意識を持つようになりました。なので、実は教員を高いモチベーションで目指していたわけではないんですね。」

編集部
「そうなんですね!少し驚きました。」

武沢
「少し思い出話になりますが…、M2だった頃に神奈川県の教員採用試験を受けました。当時東京に住んでいたのですが、『神奈川の方が自然環境がいいかな』と思い、神奈川県を受験しました。すると、2次試験の面接直後に神奈川県の教育委員会から電話がきました。『週2回でいいから非常勤やってみないか。』と言われたのです。
そしてさらには、『平塚ですが、可能ですか。』と言われました。可能だと思い、修論を準備するかたわら週2回、高校生を教える機会を持ちました。
すると、それがなかなか楽しくて、『教えるっていうのは面白いな』と実感した訳です。この経験から何か教職へのスイッチが入りました。その時に勤めた学校の生徒は、皆さん良い子で可愛かったです。」

編集部
「М2で教採を受けて非常勤として勤めて、卒業してそしてそのまま採用されたということなんですね!」

武沢
「そうですね。初任校は10年くらい勤めていましたね。自分の教員生活としては初めて赴任された場所としてはある意味でラッキーでした。でもそこに至るまでに色々ありました。
これにはちょっとした、エピソードがありまして…。

実は、M2の年度の採用試験にめでたく合格しました。非常勤として勤務していた学校の教頭先生も喜んでくださり、どこの学校で勤めるんですかね、という話をしていたのですが、自然気胸という病気になってしまいまして…。教員採用試験には合格したもののその年は結果的には不合格になってしまいました。しかし、もう修論を提出し、博士課程にいくつもりがなかったので、4月からの行先はなくなってしまいました。

すると、自然気胸も治った3月に、先の教頭先生が『もう治ったことだし4月からまた非常勤やってくれるかな。そしてもしよかったら10月採用というのもあるんだけど…』とおっしゃってくださいました。ということで、引き続き4月からまたその学校で非常勤をやって、再度、教員採用試験を受験し合格して、結果的に10月に半年遅れでその学校に正式に勤務することになりました。」

〇公立・教育委員会での経験

編集部
「10月採用ってあまり聞かないですよね。初めて聞きました。」

武沢
「何故10月採用かというと当時、神奈川県の指導主事人事が10月でした。たまたまその高校の数学の教員が指導主事になり、10月で転勤になったのです。本来であるならば、10月から翌3月までは、非常勤講師の方にお願いするということになるのですが。たまたま私がいたということで、10月の正式採用となりました。」

編集部
たまたま前任の方が教育委員会に行ったので、武沢先生がそのポジションにいったという形になったんですね。」

武沢
「そうです。」

編集部
「結構珍しいですね。このケースは初めて聞きました。」

武沢
「ちょっとこれはかなりイレギュラーですね。まさに、『災い転じて福』ですね。初任校は、進学校でおもに授業と部活だけに専念できるようなところでした。生徒のレベルも非常に高く、優秀な学校だったのでいい経験になりました。」

編集部
「そうなんですね、そうしたら最初は部活と授業に専念していらっしゃって、生徒指導ではあまり手がかからないという感じだったんですね。三つある仕事のうちの一つがあまり手がかからずより生徒に向き合えるっていいですね。」

武沢
「そうですね、ある意味幸運でした。その後、10年間勤務して、次の学校に転勤希望を出しました。これは、当時、神奈川県には15年人事というものがあり、教員は様々なタイプの学校に勤務しようという趣旨だったと思います。自分自身としてもまだ体力や気力があるうちに色々な経験をしたいと思ったのです。そこで、校長に『もう出たい。』と伝えました。
その結果、私が次に勤務した学校は勉強があまり好きでないけれども、活気あふれる元気な学校でした。

編集部
「ご自身で言われたんですね。」

武沢
「はい。15年間までいる権利はありました。他の先生方は、15年満期までいらっしゃる方も勿論いました。ちなみに現在は、7~8年くらいですかね。当時私は35歳だったので、まだ動ける範囲でチャレンジしてみたい、ということでもあったので、『どこでも大丈夫です。』と伝えました。」

編集部
「初めて赴任された学校とはきっとまた違う環境だったと思うのですが、動揺とかはされなかったですか?」

武沢
「確かに、生徒の環境は違うなあと思うところも多々ありました。その学校には結果的には5年間勤務しましたが、当時1学年12クラス、540人の大規模学校でした。授業の時は、生徒たちをまず教室に入れて、座席に座らせるところから始まりました。そこは初めて赴任した学校とは全く違うところでした。

ちなみにそこの学校で一番驚いた経験は、放課後に学習指導をしていた時です。指導をしながら色々雑談をしていく中で、『大学時代さ~』と話をしたら『え、先生大学出てるの?』と言われました。
『大学出てるよ。』と言ったら、『そしたら〇〇先生も、××先生も大学出てるの?』と言い出すので、『教員は大学を出ないとなれないんだよ。』と彼らに教えたのです。
すると、彼らは『え、そうなんだ~!』と驚いていました。
改めて、育った環境が違う色々な子どもたちがいて、教員というのはさまざまな背景をもった子どもたちを丁寧に面倒を見なければならないと感じました。本当に前任校と比較したら全然違う風景でした。

他にも、数学の問題を教えている時に、受験に関係ないのにも関わらず、1題解けたらもう1題、もう1題と言われて…。純粋に、勉強がしたい、学びたいと思う子どもたちは多いのだなぁと痛感しました。また、その中で数学が比較的得意な生徒がいたのですが、『数学って面白い?』と聞いたら、その得意な生徒が『数学ってさ、答え一つに決まるじゃん!』と。また他の子は『先生2次方程式は答えが二つじゃなかった?』とか言い出すんですね。新鮮でしたね。

こういった経験を含めて色々お話いたしましたが、やはり神奈川県だけではありませんが、多様な生徒がいて、色々な経験ができるというのは公立ならではと思います。
その後、しばらく現場を離れて指導主事をやりました。その後にまた別の学校に赴任しました。」

編集部
「先生の経歴を拝見させていただいたときに色々な学校に赴任されているなぁと思いました。先ほどのお話も含めて、改めて公立の先生は、大変だと思いましたね。」

武沢
「そういう面ではメンタルが強いということは、教員として重要ですよね。」

〇私学への転換

編集部
「公立の教員として、ちょうど脂がのっている時期に『なぜ私学へいったのだろうか。』という疑問を持ちました。」

武沢
「これは、本当に偶然です。私が高等学院に赴任したのは2003年です。2003年というのは、学習指導要領が変わって、『情報』という教科が新しくできた最初の年ですね。私自身、実は県の教育センターで情報科の教員の養成にあたっていました。当時、神奈川県には情報科の免許を持っている教員は誰もいなかったので、私は、その制度設計も含めて県の担当者の1人として取り組んでいました。また、学会など様々な会合に顔を出していましたし、教科書の編集にも携わっていました。そこで、こちら(早稲田大学高等学院)で情報科の教員を募集するけれど応募してみませんか、というお声をいただきました。当時住んでいた場所からは離れていましたが、行ってみるかと思い、ここに就職しました。私の人生は『偶然の連鎖』ですね。」

編集部
「公立でやりきって、途中で、指導主事やって…というと、もう最終的に校長先生になるというルートが見えていますよね。儀礼的にトップの成績を誇る進学校も経験し、それ以外の学校も経験し、教育委員会へ行き、また現場に戻って…。」

武沢
「当時の神奈川の先輩方に、『ここに(県立教育センター)来たらもうまな板の上の鯉みたいな状態だよ。』とよく言われました。
それを言われて、『何かこのままでもつまらないな~』と思ったのです。
自分の中での基本は、『どんな相手としても生徒たちに教えたい』という気持ちが強かったです。やはり常に子どもたちとやりとりをしていたかったですね。」

編集部
「武沢先生の経歴は珍しいなと思います。公立を5年ぐらい経験して、私立にいってという方は割と少なくないですよね。」

武沢
「そういう方もいらっしゃいます。」

編集部
「ある程度体力もあるし5年間も教員をやっていると、知識もついてきますし、それで私立がいいのか、公立がいいのか、と天秤にかけることができるようになりますよね。それで公立に戻るか、私立にそのまま残ったり、別の私立に行く方もいたりとか。
あとは公立からの異動って20代・30代ぐらいの方しかないのかなと思っていました。」

武沢
「ありますね。」

編集部
「大転換ですよね。ある程度、経験を重ねていたらもう公立でいいやって思いますよね。それこそまな板の上の鯉みたいになりますけども。
なので、私立へ転職するっていうのは、結構面白い、珍しいケースだなあと思いました。」

②学院長としての顔だけでなく、一教員として高校生・大学院生への指導も

edulo編集部(以下編集部)
「あと、教員をやりながら大学院でも指導されているのはどういうきっかけがあったのですか?」

武沢先生(以下敬称略)
「教員養成の経験も含め、教員として色々経験をしたので大学に推薦されたのです。そして、高等学院の教員であり大学の客員教授との兼務という形になりました。高等学院の授業は少し軽減していますが、授業は持っています。大学院でも授業を持っています。」

編集部
「そうなりますと、私学の規模感にもよると思うんですけど、研究しながら授業も持って…。また校務分掌とかは融通がきくとしても、結構ハードですよね。」

武沢
「はい。」

編集部
「そうですよね、結構ヘビーですよね。どのくらいの単位をお持ちなんですか?」

武沢
週10コマです。それにプラスして大学院の授業もあります。学院の教員は大学の非常勤として1コマとか2コマ持つ方もいらっしゃいます。
ただ、私の場合は教職大学院の専任扱いの非常勤なので、大学院の会議も出て入試業務もやり、事務的なこともやる必要があるので、その分軽減してもらってやっています。」

編集部
「軽減してもらって、10コマは大変ですね。」

武沢
「ちなみに部活(ハンドボール部)もやっていました。 第一顧問ではなかったのですが、練習試合、公式戦そして合宿にも行きました。」

編集部
「すごいですね…。今は学院の方では授業はお持ちではないのですか?」

武沢
今も持っていますよ。学院長は基本週6コマ持ちます。学院の中でのルールとしてそのように定められています。ただ私は、大学院もあるので3コマでいいということになって、今も高校2年生に数学Bと情報を教えています。ちなみに、教務主任2名も授業を持っています。
(早稲田大学高等学院では、校長先生を『学院長』副校長先生・教頭先生を『教務主任』と呼びます。こちらの教務主任の先生は、副校長・教頭ポジションの先生を指します。)

編集部
「いやすごいですね。ところで、少し踏み込むのですが、元々、生徒と対面でやってみたい、やっていきたいというので、教員になられてという方が多いと思うのですが、他の学校の校長先生は、『授業もないからつまんないよ』とおっしゃられている方が多いと思います。その点に関してはどうですか?」

武沢
それが本音だと思います。なので、授業が3コマというのはちょうどいいです。授業を通じて生徒と関わることもできますからね。
ちなみにここ(取材させていただいた部屋)を院長室と言うのですが、生徒も自由に入室できるようにしています。教員にも利用できるようにしています。以前は大きな立派な机があったのですがそれもやめて、ある程度オープンな形にしています。現在は、教員が会議をする際にも利用したりしています。私の部屋はまた別にあります。」

編集部
「学院長から授業を教わるというのはなかなかない経験ですよね。」

武沢
「そうですね。おそらく他の学校ではそういったことはないでしょうね。大学の方針として学院長クラスも授業を持つという考え方が伝統としてあります。実は大学の総長も授業を持っていた時期がありました。ですが、一昨年あたりにさすがに総長が授業を持つのは大変だろうということで、授業を持たないようになりました。」

編集部
「すごい驚きました。でも面白いですね。
でも色々な業務がある中で、どのようなスケジュールで授業を行うのですか?来客の対応等もあると思うのですが。」

武沢
「そうですね、今年は土曜日は2コマ、火曜日に1コマです。火曜日は学院の会議がある日なので…。というような形で授業をやって、それ以外の時間を作って来客対応等を行っています。」
(取材をさせていただいた日は土曜日で、たまたま期末試験だったため対応が可能)

編集部
「なるほど。
この日とこの日はダメで、あとはこの日なら大丈夫みたいな形で設定するんですね。
あとは学院長は『学校の顔』なので、校長会議みたいな会合等もありますよね?」

武沢
「そうですね、まあ大変です。しかし、オンライン授業も可能になったので、どうしてもという時は授業の動画コンテンツを見させるなりして対応しています。ですが、あまりそういう自習形式にはしないですね。」

③教員志望の方へ、メッセージをお願いします!

〇教員を志す上でやっておくべきこと、注意しておくべきこととは?

武沢
「教員を志望する学生たちにもこのような教員・教員志望者向けのメディアを見てほしいですね。ただ教員への憧れだけでなく、『正しい情報』を得て、そこから取捨選択をして欲しいです。」

編集部
「確かに。情報を自分のものにすることで、得られるものもありますよね。」

武沢
「教員志望の学生たちは、『見る』ことで、各学校のHPから様々な情報を調べます。勿論eduloのようなメディアを通して教員の現状を知る学生たちもいます。また、他にも『聞く』ことで、情報を取得します。どのように取得するかというと、先輩の学生からのいろいろなアドバイスが代々あるのです。中には面白いアドバイスもあって、それを聞いて学生たちは情報を得るようです。今の学生はすごいなぁと思うこともあります。」

編集部
「なるほど、最近の学生たちのコミュニティはすごいですからね。非常に興味深いです。
ただ、情報って正しいものもあれば俗に言う『デマ』情報もあるかと思います。実際、情報の取捨選択の仕方やプライバシーやセキュリティについては、学生はあまりリスクを負ったことがないので、その分脅威になる可能性もあると思います。万が一教員に無事なることができたとしても、生徒に情報リテラシーを授業科目問わず、指導する時が来ると思います。そこで、彼らの情報リテラシーが未熟な故にうまく伝わらない時もくるのかな、と思っています。」

武沢
「そうですね。確かに最近SNSで色々問題を起こす学生も多いですね。比較的若い時に痛みがわかる経験を積めば、成長していくにつれて、その経験をもとにイマジネーションができると思います。情報リテラシーや情報モラルを教える時期は重要だと思います。

実際に、様々な分野においてのターニングポイントは、9歳・10歳頃だと言われています。例えば、算数・数学もそうなのです。特に小学校4年はターニングポイントの時期です。低学年頃までは四則演算などの静的な計算がほとんどですが、4年生に進級すると正比例反比例といったように、抽象度が一つ上がります。静的な思考が動的な思考に切り替わる時期がだいたいその頃です。

情報発信についてもですが、そのくらいの時期にあえていろいろ体験させるということもいいのではないでしょうか。例えば、情報の発信のやり方、失敗のやり方などを授業の一環として行うことで痛みがわかると思うのです。」

編集部
「やはり比較的幼い時、それこそお話に出ていた9歳・10歳頃の時期にそのような経験を積むこと一番大事なのですね。」

武沢
「そうですね。おそらく教員志望の学生は、どこの校種の教員になろうか迷っていると思いますが、小学校教育は実は非常に重要で奥深いのです。様々な分野においてのターニングポイントを迎える子どもたちがいますからね。」

編集部
「なるほど。身をもって経験することは改めて、重要なのですね。実際に大学生・大学院生の方たちにも様々な経験をよりしてほしいですか?」

武沢
「そうですね。経験のインプット、そして自身の経験を咀嚼し、そこからアウトプットは是非してもらいたいです。

例えば、私立の中高一貫校出身の学生がまた私立しか行かないみたいなそういった風潮は個人的に残念だと思っています。やはり、自分の殻をちょっと破って新しいところに行こうというチャレンジ精神のある学生が増えてほしいです。勿論、皆さんがそうではないですが、収まるところに収まってほしくはないですね。

今ある常識が10年先どうなるか分かりません。10年前にかつての携帯電話が今のスマートフォンみたいな形になるとは想像できませんでしたよね。授業も、動画で配信して全部授業ができる時代にもなりましたよね。

自分自身の体験を経て得た常識が10年後にも通用するかといわれたら、そういうわけではないと思うのです。だからこそ、色々なことにチャレンジをしてほしい。そこでいかに咀嚼して、アウトプットできるかっていう力をつけてほしいですね。」

〇改めて、教員志望の方へメッセージをお願いします!

編集部
「本日は、このような機会を設けていただきありがとうございました。改めて、教員志望の学生の方に向けてメッセージをお願いします!」

武沢
「まずは、自分の専門の分野を磨いてほしいです。数学なら数学、社会科なら社会科の『専門性』をつけることです。勿論学ぶことはいろいろあると思いますが、『数学科の教員』、『社会科の教員』という意識を持ち、胸を張っていてほしいと思います。実際、最近の学生たちは『アクティブラーニングやグループ学習』『評価のつけ方』といったような授業メソッドに着目してしまう傾向があります。大学院の学生たちも研究テーマを授業メソッドに絞るなんてことも多いです。そこも大事ですが、まずは専門性をつけるところを重視して欲しいですね。

あとは、様々な物の考え方やコミュニケーション能力も磨いてほしいです。教員になれば、必然的に目の前にいる子どもによって関わり方も変化します。実に、100人いれば100通りあるといっても過言ではないでしょう。教員には『柔軟性』が特に大事ですね!これさえあれば、何とかなります。」

編集部
「確かに、柔軟性は非常に大事だと思っています。十人十色ですから、様々なタイプを持った生徒さんたちが多くいらっしゃいますしね。」

武沢
「あとは、心身ともに健やかであること。やはり、健康であることは非常に大事です。最近の学生たちは、メンタル的に繊細だし、やや不健康に見えて仕方がないです。それこそ、スマートフォンばかりいじることもやめて本でも読んでほしいですね。」

編集部
「なるほど…。これはもしかして、現職の教員の方にも通用しますか?

武沢
「そうですね。」

最後に

昨今、教員の働き方について色々物議を醸しています。eduloでも働き方についての記事を書かせていただきましたが、現場にいることで分かることもあるかと思います。
実際に、教員志望の学生の中には不安に思うこともあるかもしれませんが、現場で経験を積まれている方のお話を聞くことでクリアになる部分もあるかと思います。
皆さんも、武沢先生がおっしゃったように「正しい情報を得る」ことを大事にし、その上で限りある学生生活で様々な経験をしてください!
edulo編集部インタビュー企画第一弾はこれにて終了です。

取材依頼を快諾してくださった学院長 武沢 護先生、ありがとうございました!

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