今回は、田園調布学園中等部・高等部校長の清水豊先生にお話を伺いました。清水先生ご自身のことに加え、私立教員という仕事の面白さや、田園調布学園の取り組みについてもお話しいただきました。
清水先生は、東京公立中学校の英語教員として4年、その後神奈川県の私立男子校で20年以上勤務され、2016年に教頭として田園調布学園に赴任されました。2020年4月より校長をされています。
「教育とは何かという問いを探求する」
清水先生が教員になったきっかけ
ー初めに、清水先生が教員になった経緯を教えてください。
清水先生(以下敬称略):教育に関心を持ったきっかけは、幼少期に海外で生活をした経験にあります。
小学生の時に、父の海外赴任のため3年間オランダで生活をしたんですね。当時、オランダのロッテルダムには日本人学校がなく、インターナショナルスクールも自宅から遠かったので、現地の公立小学校に通いました。当然最初はオランダ語が分からず苦労をしたのですが、段々とできるようになっていくにつれ、日本の小学校と違いとても驚いたんです。帰国後も地方と東京の学校をそれぞれ経験しましたが、子供なりに、国や地域によって教育がこんなに違うのは何故だろうという疑問を持っていました。
その後高校生になり、大学で何を学ぶか決められずとても悩んだ時に、オランダでの3年間やこの時に感じた疑問が思い出されたんですね。オランダの教育があって、日本の教育があって、日本の中でも地域によって違いがある。では教育とは何なのだろうと。これが自身の突き詰める道だと感じ、この問いを探求するために大学に進学しました。
ーでは、その時はまだ教員になろうと思っていたわけではなかったのですね。
清水:はい。当時は教員になろうという思いはありませんでした。
大学4年生になり、その後の進路を考える時にも非常に迷いました。当然普通に就職するという選択肢もありましたが、もう少し教育学を学びたいという思いがあったんですね。ですから最初は大学院に進学しようと考えていました。でも、現場を知らないで教育の研究を続けることに疑問を感じ、まずはちゃんと現場を見ようと思い、教員になりました。
「自分たちの学校は自分たちで創る、それができるのが私立」公立と私立、それぞれの現場を見て感じたこと
ー清水先生は、まず東京都の公立中学校の教員になられたんですね。当時は公立と私立についてどうお考えでしたか。
清水:当時から、教育の歴史を考えるとこれからは私立かなと感じていました。ですから私立の募集を探していましたが、なかなかすぐに空きがあるわけではないので、採用試験を受けて、まずは公立の中学校で教員を始めました。
ー教育って何だろうという大きな視点で学ばれていたところから、実際に教員になった時に驚かれた事はありましたか。
清水:公立の学校は1校しか経験していないので、それが全てとは思いませんが、違和感を感じることはありました。私は学校という一つのシステムで子どもの教育を行うと考えていましたが、赴任した中学校では、担任によって、学年によって全くスタイルが異なっていました。同じ学校に通っていても兄弟で受ける教育が違うこともあり、そこには非常に疑問を抱きました。
公立の学校には4年間勤めましたが、こうした疑問から一度は教員を辞めようと考えました。ただ「教育とは何か」という思いは変わらなかったので、大学院に戻るか、海外に留学をするかと考えていたんですね。そんな時にたまたま神奈川県の私立男子校にご縁があり、次は私立の現場を見てみようとそちらに移りました。
ー私立の男子校に移られて、公立との違いをどう感じましたか。
清水:私立は公立と違い、一教員でも「自分たちの学校は自分たちで創る」ということができるんだと知り、そこが面白いと思いました。
その時赴任した男子校は、ちょうど学校の立て直しをする時期で、若い先生が多く採用されていました。このままじゃもう学校が無くなってしまうというような危機感の中で、若い先生たちも「学校を新しく作るんだ」という感覚を強く持っていたんですね。教育をどのようにしようとか、こういう学校にしようとか、教員同士で議論して管理職に提案することも多々あり、とてもやりがいがありました。
「女子には女子の教育が必要」
今の日本社会における女子校の必要性とは
ーその後現在の田園調布学園に移られたのですね。田園調布学園は女子校ですが、男子校から女子校に移られて感じたことはありましたか。
清水:女子には女子の教育があるんだなと感じましたね。
私自身、公立の共学出身で男女仲良く育ちましたから、本来は男女が一緒に生活する共学が自然なのかもしれないという思いはあるんです。ですが、日本社会はまだまだ女性が生きづらさを感じざるを得ない状態にありますから、この状態が続くうちは、女子だけの環境だからこそ伝えられることがあると思っています。
例えば進路指導をする時、男子に対して「どこであろうと、やりたいことをやりなさい」と背中を押すのは比較的簡単だったんですね。将来アフリカへ行って開発教育をやりたいですって言ったとしても、いいねと言いやすい。でも、女子が同じ夢を抱いた時には、男子よりも越える山が沢山あると感じました。もちろん、すぐに背中を押してあげたいんですが、こうした現実がまだまだあるのだということを、ここに来て痛感しましたね。
ですから、正しく女子の背中を押すためにも、今の社会ではまだ越える山が沢山あるという事実を、生徒たちにきちんと伝えなくてはいけないと思いました。そして、社会で逞しく生きている女性をロールモデルとして沢山示すことで、「私にもできるんだ」と感じてもらわなくてはいけないと思っています。
「生徒たちが自分の生き方を見つけられるように、できる限りの選択肢を示す」
田園調布学園の特色と取り組み
ーそのために田園調布学園はどんな取り組みをされているのでしょうか。
清水:田園調布学園は、中高6年間を通して、徹底的に自分と向き合い、「自分とは何者か」を問い続けることが大切だと考えています。
私は生徒たちに、「自分の人生を生きなさい」という話をよくするんですね。女性だからとか、普通はこうだからとか、そういった考えにとらわれずに、自分が没頭できるものを見つけなさいと。本当に自分がしたい生き方はどういう生き方なのか、それを自分自身でしっかり考えることが大切なんだよと話しています。
ーとても大切なことですが、中高生にとっては大きな課題ですね。
清水:そうなんですよ。言うのは簡単ですが、とても難しいことです。
ですから私たちは、生徒たちにできる限りの選択肢を示さなくてはいけないと考えています。没頭できるものを見つけるために、「出会い」の機会をたくさん用意する、それが大切なんですね。
そのための取り組みの一つとして、「土曜プログラム」というカリキュラムがあります。
土曜プログラムは、キャリアデザインや語学、芸術、科学、スポーツなどの5分野、約170の講座から、生徒自身が自由に時間割を組み立てることができるというもので、様々な体験を通して興味・関心を深め、視野を広げることを目的としています。
例えば語学はフランス語やスペイン語といった英語以外の講座も多く用意していますし、キャリアデザインでは様々な業種の最前線についてお話を伺う機会もあります。
【土曜カリキュラムの講座一覧はこちら】
ー生徒たちは本当に多種多様な講座から選択することができるのですね。
清水:はい。そして、このカリキュラムで大切にしていることは、「本物に触れる」ということです。ですからどの授業も、その分野の専門家を講師としてお招きします。
この他にも、「探究」や「宿泊行事」といった様々なカリキュラムを用意しており、「探究」の授業では、海外で様々な問題に取り組み活躍されている日本人の方からお話を伺う機会を設けて、生徒たちが世界に視野を広げられるようにしたり、時には大人でも簡単には解決できないような課題に取り組むことで、物事に粘り強く向き合うという一生もののスキルを身につけられるようにしています。
「自分の一言で生徒の人生が決まってしまうこともあるから責任は重いけれど、やりがいのある仕事」
印象に残っているエピソード
ー教員をされていて印象に残っている出来事を教えてください。
清水:一つは10年以上経って急に連絡をしてきてくれた卒業生の事です。
私は英語の教員として、留学や海外大学への進学に力を入れてきました。その中で一人の生徒の留学をサポートしたことがあったんですね。その生徒はとてもおとなしい子だったので、周りはあまり留学に賛成しなかったんでが、私が「本当に行きたいなら行きなさい。」と話し、送り出しました。その生徒が10年以上経った去年、急に「今の自分があるのは、あの時留学の後押しをしてくれた清水先生のおかげです。」と連絡をしてきてくれたんです。もう随分前のことなのに、わざわざ連絡をくれたことにとても驚きました。
もう一つはこの学校の校長になってからのことなのですが、卒業式の後に生徒が訪ねてきて「先生の朝礼での話をきっかけに、自分の進路を決めることができました。」と話してくれた事です。実はこう話してくれる子は一人だけではなくて、意外といるんですよ。
田園調布学園には、中学生600人高校生600人に対して校長が話をする「朝礼」があります。もちろん毎回自分なりに一生懸命考えて話をするんですが、正直私の話をここまで覚えていてくれるとは思っていなかったんです。生徒たちが私の話をちゃんと受け止めて、考えてくれているんだと実感して嬉しかったですね。
ー清水先生の一言が、生徒たちに大きな勇気や影響を与えていたのですね。
清水:こういうことって、30年くらい教員を続けていてもそんなに多くあるわけではありません。けれど、こうして自分が話した事をきっかけに、生徒が考え、何かに興味を持ったり、決断をしたりすることがあるんだと実感した時に、教員というのはすごい仕事なんだなと思うんです。自分の一言で生徒の人生が決まってしまうこともあるわけですから、責任は重いけれど、やりがいのある仕事ですよね。
「自分で学校を作っていくことに面白みを感じられるかどうか」
田園調布学園が求める人材
ー田園調布学園が求める先生は、どんな先生ですか。
清水:一つは、私立の教員だからこそできることを、面白いと思える人ですね。
先ほどお話ししたように、私立の教員は「自分たちの学校は自分たちで創る」ということができるんです。勿論、文部科学省の学習指導要領が基本ですし、どの学校にも建学の精神があり、それぞれ特色がありますから、制限が全く無いわけではありません。けれど、一教員が必要だと思うことを提案して、実現することができるのが私立なんです。
私も以前勤めた男子校で、中学3年生全員がニュージーランドへ行き学ぶ課外授業を提案して、実現したことがありますが、こうしたことに面白みを感じられるかどうかは大切だなと思いますね。
私は校長室の扉を開けっぱなしにしていて、生徒はもちろん、教員も「いつでも来て話してくださいね」ということにしているんですね。先生たちには是非、自分の良いと思ったことをどんどん提案してきて欲しいと思っています。
それからもう一つは、自ら学び続けることができる人です。
生徒たちは先生の姿を本当によく見て、敏感に感じ取っていますから、付け焼き刃で話しても見抜かれてしまいます。けれど誠実に対応して「先生もまだ学び続けているんだな」というのが見えると、生徒はついていくと思うんです。
教員だって分からないことはありますよね。それ自体は全く問題のない事です。私も授業をやっていて質問された時に分からなければ、「分からない」と言っていましたから。でもその後には必ず、生徒に答えられるように必死で調べました。私は英語ですが、どんな教科も学び続けていないと生徒にきちんと伝えていかれませんから、「学ぼう」という気持ちは常に持っていて欲しいと思います。
ー最後に、これから教員になりたいという方へメッセージをお願いします。
清水:そうですね。普段生徒に話していることと同じになりますが、やっぱり自分がどう生きたいのか、どういうことに関わりたいのかを、ちゃんと考えてほしいなと思います。私自身、大学を選ぶ時、教員になった時、公立から私立へ移った時と、それぞれとても悩んだんですね。でも、「教育に関わりたい」という視点は外していませんでした。とことん考えて、自分がどういうことに関心があるのかということを明確に持つことができれば、どんな時もそれを基点に選択をしていかれると思います。
それから、今の日本の教員養成学部は、公立で教員になることを前提にしていると思うので、私立の教員になった時には多少戸惑うこともあると思います。でも、どんな先生も入ってから実地で学びながら力を付けて行っていますから、まずは学ぶ姿勢をもって、自分なりの道が見えてくるまでがむしゃらにやってみて欲しいと思います。
ー貴重なお話をありがとうございました。