今回は「横浜市公立学校長採用候補者特別選考」により採用された民間企業出身の校長、横田由美子先生にお話を伺いました。
横田先生は日本IBMを経て、2019年4月より横浜市立高田中学校の校長をされています。インタビューでは、横田先生が本選考に応募した経緯や着任後の活動、民間企業から学校教育の世界に移って感じたことなどを伺いました。
「子どもたちには、多くの大人とつながり、多様な社会を知り、先を見据え、自分なりのチャレンジする機会を見出し、挑戦し、たくさんの失敗を繰り返しながら、自分の足で自律的に歩むことのできるたくましい人に成長して欲しい。」と語る横田先生の、取り組みや思いとは。
「教育界へのあこがれはずっとあった」
横田先生のこれまでと選考に応募した経緯
ーまず初めに先生のご経歴や、民間企業を経て選考に応募した経緯を教えていただけますか。
横田先生(以下敬称略):遡ってお話しすると、「学校の先生」は小さい頃からなりたい職業の一つだったんです。
幼稚園の時は幼稚園の先生が、小学校の時は小学校の先生がいいなと思っていたんですが、特に中学校の時は「先生ってすごい」と思っていたんですよね。男子生徒が先生に怒られながらしっかり成長していく様子を見て、中学の先生っていいなと思っていました。
ですから大学では教職課程をとって、教育実習もして教員免許も取りました。いざ就職というときには一般企業を受けつつ地元である横浜市の教員採用試験も受けましたが、教採の一次に受かって、さあ次は二次試験だという時と、IBMの内定が出たのが同じくらいのタイミングだったんですね。
どうしようかそれはそれは悩んだんですが、その時は「まだ社会のことを何も知らないのに、突然教員になって子供たちに世の中のことを教える事は、自分にはできないかな」と思ったんです。それで、社会を知ったうえでそれでも教員をやりたいと思ったら、その時目指そうと考えてIBMに入社しました。
IBMに入った時は雇用機会均等法が施行される1年前で、同期が千何百人いましたが、女性の営業職はまだめずらしいという時代でした。私は秘書を希望したんですが「秘書は取らないよ、採用枠があるのはSE」と言われて、結局SEとして採用されたんですね。でも入社してみたら同期の秘書がいるんですよ。お客様のお偉いさんの娘とか。早速世の中を知りましたね(笑)
ーあるあるですね。(笑)
横田:IBMでの仕事が面白かったので結局そのまま過ごしていたのですが、その後も教育界へのあこがれは頭のどこかでずっとありました。
30歳近くなった頃、仕事は楽しく頑張っていたけれど、民間の世界の「利益を上げる」という行為に当時そこまでのめりこめない自分も感じ、教員を目指してみようかなと思ったんです。でもそれを両親に話したら、とても反対されたんですね。私の両親はそれまで基本的に私の意見に頭から反対はせず、いつも応援をしてくれてきたのですが「5年も6年も遅れて今さら何を言ってるんだ」と普段優しい父に初めてというほど、とても厳しく怒られたんです。当時の私は素直だったので「世の中ってそういうものなのか」と思い、この時はIBMで働き続けることを選びましたが、その後もずっと後ろ髪を引かれるような思いはどこかであったように思います。
そんな中IBMで「希望の部門に異動できる」という公募により、学校教育に関わるチャンスが巡ってきたんです。
当時私はプロジェクトマネージャーとしてお客さん先に常駐し、システムの開発をしていました。大きな企業ですからいろんな部門があって、データベースの専門家やネットワークの専門家といったさまざまな募集がありましたが、その中で「変な募集ありますよ」と言われて見たのが、「社会貢献で社員と一緒に学校へ行きキャリア教育の出前授業をするという事業を起こす。ついてはプロジェクトマネージャー経験者などで希望者を求む。」というものでした。全国の幼稚園から高校までの公立学校を回って出前授業をすると。それ見て私は「あ、呼ばれた」と思ったんです。それで手を挙げて異動しました。
この社会貢献部は5年という期限付きでしたが、教育専門のNPOに連携いただき社員ボランティアと共に様々な学校に行きキャリア授業をしました。それまでも楽しく働いていましたが、この仕事もとっても楽しかったですね。ノリにノッて社長賞も何度かいただいたりしました。
そして5年が経ち元の部署に戻るかと思ったら、今度はスマーターシティというITで街の課題解決する部門に異動させてもらえたんです。多分会社に「あいつは儲けるよりも社会貢献的なものが燃えるタイプだ」と思われたのかな。(笑)そこでは、エネルギー、農業、医療、教育といった様々な分野の問題を、自治体や企業と一緒に解決するという仕事に精力的に取り組みました。
この頃にはもう「学校の世界には行きたかったけど今更先生になれる歳でもないし、そういう運命だったのよね」と思っていたんですよね。そしたら、知り合いが「校長の公募があるよ」と教えてくれたんです。
もう先生になれない歳だとして、校長だったら雇ってもらえるのかとびっくりしました。目の前の仕事もとても面白く、正直少し迷いましたが、挑戦して失うものはないし、これで学校の世界に行けるのならと応募しました。
ー今日お会いするまでは、「マネジメント経験を活かしてバリバリ改革してくぞ」というお考えで応募されたのかなと想像していましたが、少し違うんですね。
横田:
校長になりたかったというよりも、学校という世界で子どもたちの成長に関わっていきたかったんです。
その時は「担任をするにはもう遅いんだな」と思っていたので、「この歳になったらやっぱり校長とかそういう大きなスコープで教育に関わるポジションなんだ、組織だものね、そうなるよね」という感じでした。実際にこの世界に来てみたら、遅いなんてことないんだなと分かったんですが。いずれにしても、校長として、自分が役にたっていけるのだろうかと身が引き締まりました。
ー横田先生が本選考の直近の採用だと伺いました。
横田:そうなんです。私の前も数年いなかったのかな。そして私の後がいないんですよ。責任を感じています。(笑)
ー募集は毎年されていても、該当者がいないときもあるということなのですね。横田先生の時はどれくらいの応募があったんでしょうか。
横田:40いくつだったと思います。
ー40分の1ということですか。更には0という年もあると。狭き門ですね…。
「地域・社会と育てる学校」
横田先生の行動力、先生方の努力、PTAや地域の方の支えで実現していること
ー実際に高田中学校に着任されてから、どんな取り組みをされているんですか。
横田:今年で5年目になりますが、私が学校のミッションであると考えていることは大きく二つあります。一つは「居心地の良い学校」。もう一つは「地域・社会と育てる学校」です。
「居心地の良い学校」という点では、まず学校を綺麗にしようと考えました。PTAや技能員さんが旗を振り、壁を塗ったりお花の手入れをしたりしてくださって、今では校内のほとんどが綺麗に明るく変わってきています。図書館も司書さんのセンスのおかげでお店のような居心地の良い空間になっているんですよ。
それから、コロナの時には生徒も教員も安心して過ごせるように衝立を導入したかったんですが、売っているものは高くて買えなかったんですね。そしたら技能員さんが安く手に入る素材を探し、高さや窓の大きさなどを試行錯誤してとても良い衝立を考案してくれました。そして今度はそれをPTAの方が生徒全員分作りますと言ってくださったんです。翌年は3年生が卒業するときに次の1年生の分を作ってくれたりして繋がっていったんですが、とにかく「なんかほのぼのとした学校にしていきたいよね」と話しながら、みんなで協力して「笑顔と居場所がある明るくあたたかい学校」を目指して取り組んでいます。
「地域・社会と育てる学校」という点では1年目からやっているのが、マルちゃんで有名な東洋水産さんによるキャリア教育の授業です。これは元々美術の時間で「カップ麺のデザインをする」という授業があったんですが、私が来て「企業と組んだ教育をやりたい」と相談した際に、研究部長の先生が「だったらカップ麺でなんかできるんじゃないか」と意見をくれたことが始まりです。それで東洋水産にコンタクトを取り、お願いして毎年ご協力いただいて実施います。
このキャリア授業は、カップ麺の出汁が東北、関東、関西、九州とそれぞれ違うことを学び、実際に様々な出汁を味見をするところから始まり、ターゲティングから商品開発、パッケージデザイン、値段設定まで1年かけて取り組むんですね。途中、マーケティングの方に失敗例を見せていただいたり、某大手広告代理店出身の方にプレゼンの仕方を教わったり、凸版印刷さんに生徒が考えたパッケージに手を加えていただいたりと、多くの企業や大人に関わっていただいて授業を進めていきます。最終的には生徒一人ひとりがChromebookを使ってプレゼンをし、生徒とプロによる投票で各学年2つずつ案が選ばれて、実際にカップ麺になり生徒全員に配られます。ですから生徒たちは「俺の作品がたべられるんじゃない?」と思いながら1年間頑張るんです。
ーそんな授業、受けてみたかったです。
横田:それから、技術の時間では小学校で経験してきたMESHというビジュアルなツールを使ってプログラミングへのふりかえりをした上でmicrobitというツールでのプログラミング授業に深化させています。学校で購入する前は当初数年間、ソニーさんからMESHを生徒全員分お借りして、プログラミングの授業をしたりしました。
この授業は「センサーを使って身の回りのどんな課題を解決できるか」ということをチームごとに考えプレゼンし合うのですが、プログラムをすることではなく「技術をどうやって世の中に活かして役立てていくか考えること」が目的なんですね。かなり実生活に役立つようなアイディアも出てきて面白いんですが、こちらは文科省のデータベースに登録されていた地域のICTコンサルタントの方に、ボランティアで指導していただいています。
社会の時間では、慶應大学の先生からシステムデザインマネジメントという分析手法を教えていただいて、高田地域の防災の課題を解決するという授業をしています。
「怪我をした外国語しか話せない男の子」など、グループ毎にペルソナを設定した上で現地を見てきて、分析してどう解決したら良いか考えるんですが、これもまたプレゼンし合って、代表チームが慶応大学へ行き教授や区長の前で発表をしました。
他にも、パソコン部で岩崎学園情報科学専門学校の学生さんにドローンやプログラミングの指導をしていただいたり、保健体育のプールの時間には毎回、綱島にある水泳クラブのコーチに来ていただいたり、横浜にある動くガンダムを作った人の話を聞いたり、あと吉本の芸人さんをプロデューサーしていた方のお話を聞いたり…。それから先生たちもGoogle社に行って大人の社会見学をしました。
ー公立の学校でも、そんなに色々できるのかと正直驚いているのですが、横浜市は他の学校もこんな感じなんですか。
横田:学校それぞれで工夫をされていると思いますが…。こんな感じではないかもしれません。
でもこれは、私が民間出身なのでできるんだろうって目で見られがちなんですが、違うんですよ。前から知っている人に頼んでいるわけではなくて、ほとんどこの世界に入ってから知った人たちにお願いして実現しているんです。いろいろな学校で学校外との連携が広がっていってほしいと思っているので、そこはきちんとお伝えしたいですね。
ーこういうことをやりたいなって思いついた時に企業の力を借りたいと思ったら、ご自身で調べてアポイントを取ってお願いしているということですか。
横田:そうです。あとはSNSとかで教育関係のコミュニティに入って情報を得ながら学んだり。だからこれに関してはIBMの経験は生きてないんです。(笑)
ー極端に言えば、どんな公立学校においても実現できるということなんですね。
横田:そうですね。課題は「外とつながっていくという動きを誰がしていくのかと」いうことと、「時間割上どこに入れていくのか」という2つだと思います。
ただ、こうした授業を生徒たちは楽しんでくれていますが、先生たちはかなり大変なんですよ。それでも先生方は「子どもたちが相当喜ぶし楽しみにしているからこれはもうやろう」と言って頑張ってくれています。
それから、PTAや地域の方々にも助けていただいいます。
例えば地域のボランティアさんに助けていただいて、図書館で「放課後学習」という勉強会をしています。これは私の前任の校長がこうした勉強の場を作ってくれていたのですが、去年からはそこに企業の方にも加わっていただき、場所だけでなく教科の指導もしていただいています。他にも地域コーディネーターさんのご協力のもと、勉強会のためにケアプラザさんに場所を提供していただいたり、ファイナンスの授業をしていただいたり。それからPTAの皆さんがコロナで我慢ばかりだった卒業生のために、町内会や消防団の方たちと協力して花火を上げてくださった年もありました。本当に皆さんに支えていただいています。
「新しいことに関しては時間が必要」
民間企業と公立学校の目的や文化の違いとは
ー学校の世界に飛び込もうと選考に応募された時は、着任後のことをどうイメージしていましたか。
横田:出前授業で多くの学校にお邪魔はしていましたが、正直なところ、校長業の具体的なイメージはほとんどありませんでした。校長の仕事って外から見てもよく分からないですよね。でも学校と社会をつなげることとITをうまく使うこと、みんなでつながって教育していくことを実現できたらいいなと思っていました。元々SEの時も、業務改革やそのための分析といった仕事をしていたので、先生たちや生徒の話を聞きながら考えていけば、何かしら役に立つかなと考えていましたね。
ー実際学校の世界に飛び込んで活動する中で、感じたことを教えていただけますか。
以前の職場であるIBMは、特に「イノベーション、イノベーション」と言われて、極論を言うならば、変わっていかないと「君いらないよ」と言われる、いわゆる、民間会社でした。不可能と思われるようなことも「この日までにやりなさい」となったらやるしかない世界でしたが、でも公立の学校はそうじゃない。この違いが着任当時、私だけでなく先生たちもお互いに感じたところかなと思います。
例えば何か変えたいなと思って、スケジュールも含めてプランを提案しても「絶対無理です」と言われたこともありました。学校は1年単位でスケジュールを立てて進めていくので、新しいことに関しては時間が必要なんですね。生徒指導とか子どもの命に関わるとか、そういうトラブルには、まさにプロフェショナルそのもので、学年あげて適格に迅速にそして細やかに動きます。本当に素晴らしいです。けれど、これまでやってないことになると非常に奥ゆかしい部分があると感じます。
ーこの違いは両者の目的の違いも関係しているのかなと思うんです。例えば民間の目的は商品を売って対価を得ることですよね。そして収益の一部は再投資に回し、また新しいものを作ってどんどん売っていこうっていう。これに対して学校が目的にしているものは何だと捉えていますか?
「子どもが将来ちゃんと生きていける力をつけること」だと思います。
そのために今までのやり方でいいのかなって考えると、時代の流れに合わせて変えていかないといけないものがありますよね。例えばこれからはITを活用する力を身につけなきゃいけないし、情報が溢れる中で正しく判断できるようにならなきゃいけない。変化の激しい時代ですよね。
例えばその対策の一つとしてGIGAスクール構想があってハードが投入されたとしても、自分のパソコンを持っていない、パソコンなんてよくわからないという先生もいたわけですよ。じゃあ先生たちはいつそれを勉強をするのかとか、さまざまな問題があるのが現実です。全部やっていたら身が持たないとか、おそらく「現場と霞ヶ関は見ているところが違う」というような個人の思いがあるから、なかなかすんなりとはいかないということもあると思います。それは管理職がちゃんと繋げていかなくてはいけないのですが。
ー民間企業だと「目的のある理不尽は達成して当たり前」というカルチャーがあったりしますよね。そういった感覚で生きてきた横田先生にとって「すんなりいかない」ということを物足りないと感じたりしないんですか。
横田:物足りないというか、「もっとやらないと」とは思うことはあります。でもお互い理解し合わないといけないですよね。
私的には、私がやりたいことを10個言うと、だいたい9個は却下されると言う感じなんですね。でも却下自体は全然問題ないんですよ。全部通れば私はハッピーだけど、でも無理強いはしないというのがポリシーなので、1個ずつ先生たちと相談しながら納得しあいながら進めていけば良いと思っています。
ー先ほどご紹介いただいた沢山の取り組みは、10分の1なんですね。それは…先生たち大変そうですね。(笑)
横田:そうですよね。先生たちが今いたら、「そうそうそうそう!」と大きく頷くと思います。(笑)
地域との活動については管理職だけで動くなど、極力先生たちに負担をかけない努力はしているんですが、先ほど紹介したキャリア教育の授業も含めて本当にいろんなことをやっているので、とっても大変だと思います。子どもへの気持ちがあるからこそ、頑張ってくれているんですが。
「それぞれの文化で『お互い様』という気持ちが大切」
校長になって分かった、民間出身校長に必要な考えとは
ー民間と学校では文化が全く異なるので、そこの擦り合わせが一番苦労するのかなと想像するんですが、横田先生はどうすり合わせているんですか。
横田:私が変に期待せず、甘えないということですかね。自分で進められることは自分でする。諦めることはしないので何度もトライはするんですが、この違いを飲み込みながら進めていくというイメージです。
私は先生たちのことを理解しきれないかもしれないんですが、でも理解しようと思うんですよね。リスペクトしているんです。先生たちはITとか慣れていない部分もあるけど、子どもを思う気持ちだとか、子どもをその気にさせていく力なんかは本当にすごいんですよ。だから、自分の思うことが正しいのではなくて、それぞれの文化の中で「お互い様」という気持ちが大切かなと思っています。
私も「忍耐だな」と思いながらやっていますが、でも私より我慢しているのは先生たちだと思うんですよね。言えないことがあると思うので、そのへんは副校長にうまく聞いてもらったり相談して、意見を聞きながら工夫しています。
ー副校長とどう連携していくかといった、相性なんかも大切だったりしますか。
横田:私の場合は特にそうですね。
カリスマタイプの校長だと副校長は校務をつかさどって校長を助ける人という感じになるのかもしれません。それも一つの形だと思いますが、私は副校長はパートナーとして学校を支えてくれる人だと思って接しています。これまで4人の副校長と一緒に働いてきましたが、やっぱり代々色々なアドバイスをくれます。皆さん叩き上げだから、現場のことを色々理解した上で「ちょっとこれは無理だと思う」とブレーキをかけてくれるんです。
ー民間出身の校長に求められる素養としては、やはり交渉力や調整力といったものでしょうか。
横田:あとはいい加減さというか、柔軟性も必要かもしれません。
その人の価値観だけでやっていこうとする方には難しいと思います。先生たちはみんな真面目だから応えようとしてくれると思いますが、一方的なやり方では潰れてしまうかなと思いますね。
例えばコンサルをされたりしていて課題を一気にリスト化してどんどん解決していきたいというタイプの方だと、そのままのやり方ではちょっと難しいかな。物凄くカリスマ性があって「あの人が言うんだったら」と思わせるような、本当のスーパーマンならいいのかもしれませんが、普通のスーパーマンではきついのではないかなと思いますね。やはりお互いを理解して、折り合いをつけながら進めようという努力が必要だと思います。
ー貴重なお話をありがとうございました。