(1)アクティブ・ラーニングの基礎
アクティブ・ラーニングは2012年の中央教育審議会答申で示されて以来、俄かに注目されるようになりました。そもそもアクティブ・ラーニングは、1980年代にアメリカの高等教育の中で用いられるようになった学習スキルです。本来は、アメリカのユニバーシティーにおいて「与えられた知識を通してアーギュメントができる人間を育てる」ということを目的とした学習法なのです。
アメリカとは教育制度や組織、授業のやり方がまったく違う日本の学校教育において、学校教員に求められるアクティブ・ラーニングの基礎とは何であり、その実践において重視すべきは何なのであるかを失敗を例にして考えていきます。
「アクティブ・ラーニング」をキーワードにコンピューターで検索すると「主体的・能動的な学び」「対話を重視する学び」「発見学習・問題解決学習・経験学習」「振り返りを重視する学習」などの文字が目に飛び込みます。
しかし、アクティブ・ラーニング自体は決して目新しいことでも、難しいことでもなく、一般的な社会人であれば誰もが普通に行っていることではないでしょうか。例えば、校長から「本校でもこれからはアクティブ・ラーニングを積極的に取り入れて授業を進めていくことにする」という指示があった場合、教師は次のように考え、以下のように行動するのではないでしょうか。
–アクティブ・ラーニングって何?
–アクティブ・ラーニングの利点は?欠点はないの?
–自分のやっている授業、active?passive?
–すべての科目、単元がアクティブ・ラーニングで効果が上がるの?
–どの年齢の児童生徒学生にもアクティブ・ラーニングを取り入れて大丈夫なの?
–アクティブ・ラーニングを取り入れている学校の友人に訊いてみよう!
–アクティブ・ラーニングを実践したが、効果があったのかチェックが必要だ!
–それほどの効果が上がらなかったのはなぜ?改善すべき点は?
これらの疑問を一つ一つ検討し、実践にまで持っていこうと考え、行動する教師は、既に自身がアクティブ・ラーニングを実践していることになります。この疑問点の中には、アクティブ・ラーニングのキーワードのほとんどが含まれているのです。
教育関係者だけでなく、商業人・全産業従事者・IT関連事業従事者などすべて職種で問題解決のために日常的に行っています。ただし、これは社会人として経験を積んだ大人だから可能なことでもあります。
また、アクティブ・ラーニングを取り入れる趣旨を、教師個人として、また学校全体として統一しておかなければ、単なるパフォーマンスに終わることになりかねません。
日本の授業スタイルとアクティブ・ラーニングへの転換の課題
日本はどちらかといえば、知識伝達型の授業スタイルが主流ではないでしょうか。知識伝達型の授業は明治以降の教育の歴史の中では長い間良いものとされてきましたが、1980年代以降「これではだめだ」という意見が出てくるや、シラバスを充実させろといったところからに始まり、教師が一方的教え込むのではなく、対話や議論を取り入れた協働的な授業であるアクティブ・ラーニングを採用すべきだと言われるようになりました。
しかし、日本の教育体制は、アクティブ・ラーニングの本家本元のアメリカとは制度や組織・授業のやり方がまったく違うため、突然それらを導入しても現場の教師は戸惑うにちがいないです。
アクティブ・ラーニングを成功させるためには、教師の負担は大きくなるのは確実です。
特別授業で関わっている学校における教師へのアンケートを見せてもらったところ、学習効果は上がっているという回答が60%以上である反面、教師負担が増えたという回答も50%以上を占めたという結果が出ています。
アクティブ・ラーニングを取り入れた授業が効果的に行われるか否かは、教師の意識の持ち方や教師による準備、教師の反省と次回への再検討にかかっていると言っても過言ではありません。また、アクティブ・ラーニングは一人の教師が奮闘してもうまくいくはずがなく、全校一丸となって取り組まなければ好結果は期待できない大きなプロジェクトでしょう。
教師も生徒も意識を改革する必要がある。
生徒は、知識を覚えこむことが学習であるという意識を捨て、知識を活用して思考力を養うことや正解のない問題や複数の答えが存在する問題に直面した時にどのように対処するのかを実験・調査・討論を通じて身につけること、これらが学習であると意識する必要があります。小学生には理解するのが難しい場合、教師は児童に対してはこの点を分かりやすく説明しておく必要があります。
教師は、自分が教えられる側として受けてきた知識偏重教育から離れ、教えすぎない、与えすぎないということを常に意識しておくべきでしょう。
また、生徒自身が各単元ごとの目標を設定することも大切です。その目標を児童生徒と教師が共有することであったり、教師は生徒の立てた目標が変更可能であることを認めなければなりません。
目標が変更可能とはおかしいと思う方もいるかもしれません。しかし、生徒が学習を進めていく過程で新たな発見があったり、目標の軌道修正をすることは起こり得ることです。これもアクティブ・ラーニングの効果の一つです。教師は、生徒の立てた目標が各単元の学習内容の最重要ポイントさえ捉えていれば、途中での変更は認めるべきです。
アクティブ・ラーニングにおける学習は双方向でなされるのが好ましい。
従来の知識伝達型の教育は教師から生徒への片方向でした。「授業する・教授する・教える」という言葉自体が一方方向の学習であることを示しています。「これではだめだ」という気づきがアクティブ・ラーニング導入のきっかけであったことを思えば、学習は双方向・多方向でなされるべきです。児童生徒間で、児童生徒と教師間で学び合い、学習への意識を高めていかれれば、アクティブ・ラーニングの効果が認められたと言えるでしょう。
学習の目標を共有が、双方向・多方向での学びを高めることになる。
アクティブ・ラーニングは日本における教育方法の大変換といっても過言ではありません。批判があるのは当然です。
生徒と教師が学習に対する意識を変えられたとしても、アクティブ・ラーニングは常にうまくいくとは限りません。
最近の児童生徒は失敗することを恐れるあまり、人前で自己を表現することに気遅れがちであり、ひたすら正解だけを求めようとする傾向にあります。アクティブ・ラーニングの授業では、児童生徒が最終的な正解だけを求めて教室内を徘徊し、一見活動的に見えても主体的な学びのない結果に終わっているケースもあります。この状態を「活気があって、積極的でよろしい」などと評価してはなりません。
アクティブ・ラーニング本来の趣旨を理解できていないために起こる、勘違いによる悪い例です。
このように、アクティブ・ラーニングは「はい回る経験学習に過ぎない」「活動あって学びなし」といった批判は、このような状態を見た者から出てくるのだと考えます。小学校では特色ある試みをしているそうですが、アクティブ・ラーニング研究発表授業で「観客」を意識したパフォーマンス的要素が見受けられるケースもあります。
生活経験を重視するあまり、伝統的な学問体系の教授が軽視され、断片的な学習に終わって知識の積み重ねが不十分であったり、また活動という手段が目的化された活動主義に陥ってはなりません。アクティブ・ラーニングは、基本の理解を欠いては成り立たないのです。
(2)アクティブ・ラーニングの失敗例
ここからは、とある教員が気象予報士として担当した中高一貫校での理科特別授業で効果が上げられなかったと自覚したケースを事例に教師・学校が注意する点を検討していきます。
この特別授業の目的は、予想天気図とワークシート・補助資料(合計7~8枚)を用いて初期時刻から12時間後→24時間後→36時間後→48時間後の天気を予想し、予報文の作成・発表をすることです。1コマ65分の授業2回が2週間にわたって設定され、受講する生徒は中1から高2までの女子20名ほどです。学習は4人が1グループで進めていましたが、学年ごとの生徒数にばらつきがあったため、縦割りの班構成はできず、同学年中心の班構成になりました。
この学校は、アクティブ・ラーニングという言葉が2012年の中央教育審議会の答申に現れる以前から、授業時間を65分と設定し、生徒が実践し体験活動する場面を増やしたり、思考力を高める授業展開に積極的に取り組んでいました。また、教員もそのことを理解した授業のシラバスを作り、授業に臨んでいます。また、過去2年間「アクティブ・ラーニングによる思考力育成プログラム」をテーマに、東京私学中高協会の研究協力学校として研究を行ってきた実績があります。
生徒は自ら考え学ぶという意識も高く、気象学会のジュニアセッションにおいて高度の研究発表をする生徒もいます。
では、そのような恵まれた環境にありながら、なぜ私たちの特別授業「天気予報にチャレンジ」は、8年間も期待した結果が出せなかったのでしょうか。
《反省点》講師が、資料と説明とを生徒に与えすぎたこと。
65分の授業2回で、資料への色ぬり作業の解説と実施、予報文の作成・発表まで到達したいと願うあまり、解説が生徒に問題点を発見するチャンスを与えるよりは解答を直接与えるような丁寧なものになってしまい、資料も生徒が簡単に作業できるように見本を作り、簡単に予報文を作成できるワークシートを準備したため、生徒同士が相談・討論をする必要がなく、黙々と与えられた作業をするだけになってしまった。資料の質はむしろ改悪され、生徒は作業がやりやすくなっている。つまり、アクティブ・ラーニングからは遠ざかってしまったのです。
《反省点2》担当教師との事前コンタクトが不十分であったこと。
アクティブ・ラーニングは、「実施→反省→実施→反省…」を継続的に繰り返してこそ効果が上がるものであり、他教科との連携も重要な要素です。それらに欠けている場合は、事前に担当者から当校でのアクティブ・ラーニングの実態についての情報を得ておくことは最低条件でした。それを怠っていることが効果を半減させてしまう大きな原因です。
この学校では、平素から「教科横断型授業」を実施しています。また外部講師による特別授業も頻繁に実施していて、生徒はそれらに慣れています。講師がそのことを把握して授業に臨めば、教材も適切なものを準備できて、効果はもう少しは上がったはずです。
《反省点3》生徒に事前学習を要求できなかったこと。
→正規の授業ではないので、生徒に事前に課題を出しておくことを躊躇してしまった。
アメリカ・イギリスでは、直前1週間に数冊の本を読んであるという前提で、教師と学生が1:1で対話形式の授業を行います。そこで教師は身をもってアーギュメントとはどのようにするのか手本を示すのです。アクティブ・ラーニングにしてもチュートリアルにしても、学生の事前準備が必須条件なのです。
アクティブ・ラーニングの効果を上げるには、学習構造自体を変える必要があります。教師は復習型の課題ではなく、予習型の課題を生徒に課すべきです。
(4)まとめ
以上3つの反省点を示しましたが、気が付かない問題点がまだまだあるはずです。
アクティブ・ラーニングは、生徒が主体的に学ぶ姿勢を習慣づけ、実験・研究を体験することで思考力を向上することができます。これを効果的に実施するには、教師自身が教室以外の諸々の場面でアクティブ・ラーニングを繰り返し、反省点を見つけ出し学んでいくことに尽きるでしょう。