今回は成城学園中学校・高等学校校長の中村雅浩先生にお話を伺いました。
中村先生が教員を目指したきっかけから、教員の醍醐味や面白さ、成城学園の特色など、さまざまなお話を伺いしました。最後には若手教員の方へ向けたメッセージもいただき、充実した内容になっています。
- 1 「人間の多様性ってなんだろう」様々な人との関わりを求めて教員の道へ
- 2 「自分の視野や体験の幅が広がっていく」教員の醍醐味とは
- 3 「生徒が学年を追って成長していくと同時に、我々もいろんなことを吸収できる」幼少期のエピソードと、科学部の生徒との時間
- 4 「みんな同じ型にはめるんじゃなくて、子供たち一人一人の持っているものを引き出したり伸ばしたりすることが大切」 成城学園中高の特色とは
- 5 「本物を見せる」成城学園中高の課外授業
- 6 「成城学園中高には先入観にとらわれずに面白いものを提示するチャンスがある」赴任した当時驚いた事
- 7 「楽しいと思えることをいつも持っていて欲しい」「先生自身の個性も大事」成城学園中高が求める人材とは
「人間の多様性ってなんだろう」
様々な人との関わりを求めて教員の道へ
ー中村先生が教員になったきっかけを教えてください。
中村先生(以下敬称略):一つの事象ではなく、いろいろなきっかけがあったと思います。まずは小、中、高校時代に出会った先生たちの影響がありますね。その先生方から見せてもらったものですとか、授業での思い出ですとか、学校が楽しかったという思いがあると思っています。それから職業適正検査で、「ダントツで教員に向いてますよ」という結果がでた事も関わっていると思うんですが、一番大きかったなと思うのは、大学1年生の時のアルバイトでの経験ですね。
夏休みに運転免許を取るお金を稼ごうかなと思いアルバイトをしたんです。その時のアルバイト先が、実家の近くにあった障がい者の方がたくさん入所しておられる、とても大きな施設でした。施設の中にクリーニングの専門部署があり、いろんな部屋に洗濯物を回収しに行くんですが、そこで様々な入所者の方に出会った時に「こんな人もいるんだ」という思いを強く抱いたんです。「人間の多様性ってなんだろう」と。自分は中学校、高校と友達と学校生活を送り、受験勉強をして、とすごく狭い視野で生きてきた中で、例えばとても長い期間ずっと寝たきりの方がいるというのを直に感じた時に、「人間の生きている幅はすごく大きいな」という思いが自分の中に強く刻まれたんです。
それ以降いろんな人と関わっていける職業って何だろうと考えていたんですが、そんな時に「教員というのはすごい職業だな」と思ったりしたのが、今に繋がっているかなと思います。
一方で、そもそもは小さい頃から生き物が好きで、生物について勉強したいと思って大学に入ったので、「理科が好きで、理科を伝えたい、誰かに理科の面白さを伝えたい」という思いは当時から今まで、常に持っていますね。
「自分の視野や体験の幅が広がっていく」
教員の醍醐味とは
ーあえて教員だからできる「人と関わる事」ってどんな事でしょうか?
中村:いろんな人たちと関わり話をするっていうことは、特に僕自身は積極的にやったと思います。
これはちょっと極端な例ではあるんですが、授業で遺伝を学ぶという時に、生徒にどう伝えるか悩んだんですね。少し間違えると差別的な表現に繋がってしまうと。じゃあ障がいを持って生まれてきた方は実際にはどんなふうに思ってるんだろうと考えて、飛び込みでそういった団体の方に話を聞きに行ったことがありました。
その時ある親御さんが、「子どもが生まれてきた時は、親戚や周りの人から攻撃を受けたこともありました。でもこの子は『ご飯おいしいね、おいしいね、ありがとう。』って言ってくれるんですよ。その純粋さは、とてもすばらしいものなんです。」というような話をしてくださったんです。
何のために遺伝について学ぶのか、何のためにえんどう豆のかけ合わせなんてやるのかって言ったら、人間の多様性を理解していくことに繋がるんだよと。こういったことを自分が実際に聞いて生徒に伝えられた時に、自分としては教員やっていて良かったなと思うんですよね。人の話を聞くチャンス、それからそれを生徒に伝えるチャンスを作れたっていうのは、やっぱり教員ならではなんじゃないかと思いますね。
ー教員として一つの題材に向き合い生徒に伝える間にも、沢山の人と関わることができるのですね。
中村:それが授業のことならそうなんですけども、自分がクラスを担任して、一人一人全然違う生徒と関わり話を聞く中で、この子こういう子なんだって気づけた時に、こういう人間もいるんだっていうのを僕自身が見て感じられるっていうところが教員の醍醐味だなと思うんですよ。
例えば、生徒が「分かんない」って言うとするじゃないですか。分かっている人間には「分からない」ということが理解できないんですね。だけど、その「分かんない」の深いところにちょっと触れた時に、自分の視野が広がる。これが成長とか、体験の幅が広がる、経験値が深まるとかっていうことだと思うんですよ。
「生徒が学年を追って成長していくと同時に、我々もいろんなことを吸収できる」
幼少期のエピソードと、科学部の生徒との時間
ー教員になったのには、中村先生が幼少期に出会った先生方の影響もあるとのことですが、どんな先生方だったんですか。
中村:特に印象に残っているのが4年生と5、6年生の担任の先生です。
4年生の時の先生は僕らを新卒で受け持った若い先生だったんですが、理科の実験のご経験があまりなかったようで、興味のある子を集めて予備実験を見せてくれたんですよ。「次の授業でこれをやるからちょっと手伝いに来いよ」って。それがとっても楽しくて。実験の準備をしたりするのがとても面白かったんです。先生も失敗するんですよ。(笑)
5、6年生の時の先生は、教室の中に鶏の有精卵と孵卵器を用意してくれて。それで卵に、小さな窓みたいに殻を割ってヒナが育っていく様子を子どもたちに見せてくれたんです。自分たちの教室の中でヒナが大きくなっていく。途中、途中こんな風に心臓が動き始めてね、と実物を見たことがすごく印象に残っていますね。
ー話を伺っているだけでもワクワクします。小さい頃に実物に触れるということは大きな経験ですね。中村先生のこうしたご経験は、実際に生徒と関わる時にも繋がっているんでしょうか。
中村:はい。科学部の顧問をしていた時の話なのですが、生徒が「スーパーで売っているウズラの卵には有精卵が混ざっている」っていう話を聞いてきてやってみようと言うので、孵卵器を用意して温めてみたんです。すると本当にヒナが育ってくるんですね。
これまでいろんな生徒がいましたが、彼らと生物だけでなくいろんな実験をしたり、いろんな場所に行ったりして、たくさんの実物に触れました。
それから、こういう事は成城学園の中では結構よくあることなんですけど、生徒と先生が対面じゃなくて、同じ方向を向いて楽しんでいるという形になるんですよ。
先ほどの話に戻っちゃいますけど、教員って、生徒と共に成長して行かれるものなんです。生徒が学年を追って成長していくと同時に、我々もいろんなことを吸収できる。こんな子もいるんだ、こんなことを言うんだ、時代が変わったらこうなったんだ、生徒たちは今こんなことを考えているんだ、って。そういう驚きや発見の場面が非常に多くて、生徒との時間はとても楽しいんです。
「みんな同じ型にはめるんじゃなくて、子供たち一人一人の持っているものを引き出したり伸ばしたりすることが大切」
成城学園中高の特色とは
ー先生はずっと成城学園にいらっしゃるのですか。
中村:成城学園中高の前は都内の女子校に6年間勤めました。こちらに移ってもう28年くらいになります。
ー中村先生の幼少期のエピソードを伺うと、「教師と生徒が同じ方向を向いて学ぶという」校風は、中村先生ご自身にとても合っていらっしゃったのかなと思うのですが、いかがですか。
中村:逆に言うと、成城学園に来て僕自身が気づかされた部分っていうのがとても大きいですね。
成城学園の創立者は澤柳政太郎という明治から大正にかけての文部官僚であり、京都大学や東北大学の総長をやって、日本の小学校や中学校の義務教育の基礎を作った人間なんです。その日本教育のスタンダードを作っていく中で、今のままじゃダメだと思ったんでしょうね。「みんな同じ型にはめるんじゃない、子供たちは一人一人違うじゃないか、個性がみんな違うからね」という彼の考えが、この学校の「個性を伸ばす」っていうもののスタートになっているんです。
ですから今の先生たちも昔の先生たちも個性的ですし、先入観を持ったり、押しつけたりすることはしません。もっと言えば教えるんじゃなくて、澤柳は「天分」という言い方をするんですが、この生徒たちが持っているもの「天分」を引き出したり伸ばしたりする「天分教育」が今でも生き残っているんです。
ー「個性を伸ばす」創立当時にしたらあまりない考え方なのではないですか。
中村:そうですね。大正デモクラシーで、いろんな意味で自由にはなってきた時代ではあったと思うんですけども、その中でもかなりユニークだったと思いますね。逆に言うと今の日本の新しい学習指導要領がそちらに寄ってきていているのかなと思います。
「本物を見せる」
成城学園中高の課外授業
ー成城学園高校生には修学旅行という名前のものがなく、その代わりに各先生方が企画する課外授業がいくつもあると聞きました。HPを拝見した時にその企画の数の多さに驚いたのですが。
中村:そうなんです。それぞれの先生の面白いと思っていることに関して、生徒が集まってくればそれで企画成立、集まらないとその企画はなくなるっていうものなんです。
例えば、北海道の然別湖へ食事も何もかも全部自分たちでやるという本格的なキャンプをしに行ったり、天文台に星を見に行ったり、お芝居が好きな先生は都内の劇場に年に何回か生徒を連れて行ったりもします。
もう20年以上になるんですけど、私も野生の猿を見にいこうという企画をやったことがあります。広島の宮島の施設の方にお手紙書いて、15-6人かな、生徒を引っ張って宮島に猿を見に行ったんですが、その時に知り合った人との交流は今でも続いているんですね。この現地というか、その地域の方と教員が結びつくっていうのが、この取り組みのとても面白いところなんです。
ー生徒を募集するまでの企画というのは先生に一任ということですか?
中村:そうなんですよ。興味のある子たちが集まるっていうところを大事にしているというところが面白いと思いますね。
ー興味のある物に実際に触れる機会を沢山用意するということですか?
中村:そうですね。成城学園では「本物を見せましょう」というのを、いろんな場面で大事にしているんです。例えば、中学校2年生は「山の学校」という授業があり夏休みに北アルプスに行くんですが、体力があると判断した子は槍ヶ岳(中上級者向けの山)に登らせちゃうわけですよ。逆に体力のない子は、唐松岳っていう比較的標高が低いところに行ったりしますし、白馬に登る子たちもいます。
一人一人の体力もある意味個性だということで、それぞれに合ったチャレンジをできるようにしているんですね。先生たちもいろんな山に一緒に登って、そこで生徒たちの体力を見て大丈夫かどうか、その後どういうコースに行くか、というところを見極めるんです。
ー「教師が生徒と同じ方向を見る」ためには大変な準備が必要なんですね。
中村:そうですね。担当する先生たちは大変ですね。同じ方向を見るにも体力がないといけませんから。(笑)
「成城学園中高には先入観にとらわれずに面白いものを提示するチャンスがある」
赴任した当時驚いた事
ー成城学園に来られた当時、驚かれたことはありましたか。
中村:ありました。ありました。
いっぱいあったと思うんですけども、初めに「好きに実験していいよ」っていう選択授業を持たせてもらったことが印象に残っていますね。高校3年生に対して、教科書から離れてもいいから毎時間毎時間実験をしなさいと。とにかく自由にやらせてくれるんです。いろんな先生に話を伺って試行錯誤しながら準備をするんですが、周りが「そんな事やるの?」と思うようなものが意外と生徒にウケたりするんですよ。
これは今でもあることで、この学校には経験とか、先入観にとらわれずに面白いものを提示するチャンスっていうのがあると思いますね。
ー若い先生方に「自由にやっていい」と話すと、戸惑われたりしませんか。
中村:戸惑うところは多いと思いますし、マニュアルが欲しいとか言われたりもします。できない部分がたくさんあっていいと思うんですよ。真似をしたり、どっかから持ってきたものを使ったりということは当然あると思うんですが、でもやっぱり「変わっていこう」という気持ちは持っていて欲しいなと思っています。
それからこれは若い先生に限らずですが、なんか慣れてくると型みたいなものができますよね。うまくいったという経験から型を作っていくのも良いのですが、ある意味その型を毎年壊しちゃうくらいのことをすると楽しいんじゃないかなと思うんです。
私は中学校の教科書の作成に携わらせていただいたことがあるんですが、教科書って改訂ごとに同じじゃないんですね。必ず変える部分があります。教科書を編集するみなさんは、その変える部分をとても大切にしているんです。
伝える題材っていっぱいあると思いますし、同じ題材でも見方や考え方を変えるだけでもまた違ってきますよね。だからちょっとアンテナを張っていれば、いろいろ引っかかってくるんじゃないですかね。そうすると、これが面白い、生徒に教えたい伝えたいっていう気持ちが随所に出てくると思います。
「楽しいと思えることをいつも持っていて欲しい」「先生自身の個性も大事」
成城学園中高が求める人材とは
ー成城学園にはどんな先生に来てほしいですか。
中村:要はなんかこぢんまりとしないで、楽しいと思えることをいつも持っていて欲しいなと思います。逆に言うとそれを持っていないと大変は大変だと思うんです。
教員っていろんな意味で昔よりもやらなきゃいけないことが増えていますよね。でも例えば僕だと「理科が好き」ですが、そういう気持ちを持ち続けるというところは大事にしてほしいなと思うんです。研究って言ったらちょっと大げさなんですけど、面白いことっていっぱいあるんじゃないかなと思うんですよね。それは常に持っていてほしいなと思います。
ー生徒の個性はもちろん、先生自身の個性も大事にして欲しいと言うことですか。
中村:それは大前提ですね。月並みな言い方になってしまうんですが、「一人の子供を育てるには一つの村がいる」みたいな発想がありますよね。学校の教員だって、みんな同じ型にはまっていたら、生徒が育ちにくいじゃないですか。みんな真面目な先生ばっかり…まあ、その方がいいのかもしれないけど。(笑)
いろんな発想ができる先生がいて、いろんなこと言ってくれる先生がいて、っていうのが面白いと思うんですよね。これは別に教科の内容に限らなくていいと思いますよ。さっきの演劇の課外授業は体育の男性の先生が企画していたりしますしね。別に体育の先生だから体育のことだけというわけではなくて、自分の面白いと思っていることを一緒に楽しめるっていう場でもあってほしいです。
ー自分の面白いことを伝えるって、経験や体験を沢山していないと難しいのではないでしょうか。
中村:体験すればいいと思うんですよ。生徒と一緒に。ただ一つだけ大事なのは、そこに興味がある時に一歩踏み出す余裕だとか、一歩踏み出す心の広さだとか、勇気を持てるかと言うことだと思うんです。ちょっと踏み出せばいろんな人と会えると思うんですよね。いろんな考え方を持っている人もいるし、もちろん否定されることもあるかもしれないですけど、その勇気は大事だと思うんです。
だから若い先生、って僕も若かったわけですが。(笑)是非若いみなさんには、一歩踏み出す勇気を持って欲しいと思います。僕自身が成城学園に来ることができたのも、当時一歩踏み出したことでご縁に繋がったと思っていますしね。
ー貴重なお話をありがとうございました。