【校長インタビュー#2】明治大学付属中野中学校・高等学校の校長 清水 孝先生へインタビュー

今回は明大中野こと、明治大学付属中野中学校・高等学校の校長 清水 孝先生にインタビューさせていただきました。
現状の学校での仕事や先生自身の経歴、最後には教員志望の大学生に向けてのメッセージなど、さまざまな内容をお話していただきました。

清水先生自身の経歴

―少し清水先生のパーソナルな部分をお伺いしたいのですが、卒業されて大学はそのまま明治大学に行かれたのですか。
清水:明治大学です。文学部に進みました。卒業してすぐに国語科の教員になったんです。

―最初に入職したのは母校である明治大学中野高校ですか?
清水:兄弟校の明治大学付属中野八王子中学高等学校という学校に勤めました。そちらに5年ほどおりまして、その後、異動でこちらに来ました。

―教員になろうと思ったきっかけは何ですか。
清水:小学生の時の担任の先生に大人として憧れていました。私の父と同じ年の生まれで非常に厳しい昭和のおやじというような方で、時代もあって厳格な人でした。
けど、その先生をものすごく信頼していました。こういう人になりたいなって小学生の時に思って、それが一番のきっかけですね。

―その先生のようになりたいという思いが、中高大と積みあがったのですね。
清水:そうですね。もう中学に入ったときは教員になろうと決めていたので。

―途中で揺らいだりしましたか?
清水:揺らがなかったですね。子供たちと何かをやる方が、大人たちと何かを進めるより好きでした。なので、あまり他の職業は考えられなかったですし、視野も狭かったのだと思います。(笑)

―大学生になると、周りで昔は教員を目指していたけど他にやりたいことができたり、教職課程をあきらめてしまう子もいたと思うのですが、清水先生自身はそのようなことはありましたか?
清水:なかったですね。やっぱり、視野が狭かったのだと思います。(笑) 教員以外の職業をあまり把握していませんでした。
その他にも、もっと面白そうなこととか、楽しそうなこととか情報が少なかったというのもありましたが、何より教員になりたいという強い思いがありましたので。

―当時は今よりも私学の教員になるための情報ってなかったと思いますし、周りも教員採用試験(以降教採と表記)を受けようという雰囲気だと思うのですが、教採は受けたのでしょうか?
清水:受けました。一次試験に受かって、そのころには母校の採用が決まっていたので、二次試験は受験しませんでした。
初年度は八王子校に入って、そこでありとあらゆることを0から勉強しました。
そもそも、事前に教員の経験をする機会というのもなかなかないですし、特段、大学でも教えてくれることではなかったので、全てが本当に大変でした。

―どれくらい八王子校で勤務されていたのですか?
清水:5年間、八王子校で勤務しまして、異動命令が出て中野校に来ました。

―異動には意図があったのでしょうか?
清水:当時、開校したての八王子校は新卒の教員が多いこともあり、教員の年齢層は比較的若めでした。
なので、大学1年から4年生の世代が持ち上がっているような職員室だったため、若い教員だけだとうまく行かないことが多々ありました。
そのため、管理職や年配の先生方が異動するのでその玉突きで移動することになりました。
あまりにも若い教員ばかりでしたので、教員の年齢層に均衡を持たせないと、いきなり定年退職等になるので入れ替えを行ったという感じです。

―それ以降は、ずっと中野校で勤務されているのですか?
清水:そうです。もう30年ほど経ちます。昭和に教員になって、平成、令和とずっと中野校にいます。

教員になってからのこれまでの業務や考え方

―教員をやっている中でどのような仕事が得意・好きかはありますか?
清水:最初の管理職は教務部長で6年間務めたのですが、やりがいがありました。
学校ホームページを作り替える責任者をやっていて面白かったです。
当時は広報とホームページが独立していて、業者とのやり取りだったり立ち上げたりをしていました。

―校務分掌(特に立ち上げ)に関する業務は非常に大変だと思いますが、率直にどのように感じられていましたか?
清水:僕はいつも思っているのですが、やりたい仕事ってなかなかできなくて、向こうから来るものを受けるしかないかなと思います。というのも教員になって最初は学級担任をとにかくやりたかったです。
だけども、八王子校に勤めた時に最初の2年間は、任せてもらえませんでした。
八王子校で同期の教員で学級担任を持つ方がいて、自分は持てなくて、それがものすごく悔しくて。
自分のクラスを持ちたくて教員になったのに、担任を持たせてもらえないというときに、仕事は向こうから来るものだって思って、来た仕事を頑張るしかないなとなりましたね。
それでホームページの立ち上げをやったのですが、やっぱり立ち上げは結構、厳しかったです。
当時はコンピュータに長けた先生が一人でやっていたのですが、やはり回らなくなってしまって。結局、みんなで手分けして分掌として一つのセクションを立ち上げようとなり、任されていたのだと思いました。

―ホームページの立ち上げで大変だったことはありますか。
清水:当時、力を入れていたのが、生徒の行事や活動がわかるようにブログ形式で書くことで、遠征に行ったときはヨーロッパから更新したりするなどしていました。非常に大変でした。
一度やり始めると頻度やレベルを下げられなくなってリクエストはどんどん増えていましたし。(笑)
ただ、保護者の方がものすごく喜んでくださっていました。
今の生徒は割と親と近いかもしれないけど、少し前の世代の生徒達は家に帰って親に何も言ってないこともあって。
そのような時に、保護者の方が「うちの子はいったい今何をやっているのだろう。」と気になってホームページを見て、子供の写真とか活動が載っていると安心するということもあるのだと思います。
卒業した保護者の方で自分の子供が写っているページを印刷して持っていたりする方もいらっしゃいました。

―担任を持てるようになってからのギャップとかはありましたか?
清水:最初は正直言うと、非常に大変でした。初めての担任が女子部の担任で、生徒に「あんた嫌い」って言われたことがあります。
授業が下手だとか教え方が悪いとかであれば直せるのですが、何故と聞いても「嫌いだから嫌い」って言われて、どうしようかなぁ…という洗礼をうけました。3年間頑張りましたけどね。
20代で教員になりたてで空回りしていたのだと思います。
自分のやっていることが生徒に響いていないとか、実は生徒はもっと冷めて教員を見ているとか、説得力がないとか、教員としての力が足りてなかったのだと思います。

振り返ってみると、ある部分では生徒に迎合しているところもあったし、生徒との距離感をつかめていなかったです。
強く言いすぎてしまうと離れて行ってしまうのではないかとか、自分で引っ張る力もなかったんだろうし。
振り返ってみると自分の未熟さゆえに生徒のご機嫌を伺ってしまっているのではないかというようなところもあったのかなと。
そこで、イヤな思いをしている生徒がいることに気づき、何をしているのかと思って考え直しましたよね。
でも今度は迎合せずに力で抑え込むような学級運営を行ってしまって、これはこれでうまく行かなくて失敗したと思っています。
クラスで悪さをするような子もいないし、言うことも聞くし統率は取れていて。でも、何にも響かせられてないのか、その当時の卒業生は学校に来てくれることはほとんどないですね。
30代後半のときに学年主任の先生にイチから教わり直しましたね。その先生は厳しいけれど、とにかく生徒をものすごく大事にしていました。

―具体的にどんなことをされていたのですか?
清水:そうですね。残念ながら学校を去っていく生徒もいます。そうするとその先生は「去り際が大事だよ。去った後も大事だよ。」って言って、別の高校に行ってからもずっと手紙を書いています。
だからいなくなった後まで生徒と関わっていました。でもその時は返事なんてこないけど、何年かしてポロっと返事が来て、「今、大学に通っています。」とか「留学に行っています。」とか「就職しました。」、「当時は事情があって…。」とか、やっぱりつながることは、大事だというのはすごく感じますよね。

実際、各学校の雰囲気ってありますよね。
いい悪いは別にして、ドライに3学期の試験で点数足りなかったら留年というところもあれば、なんとかその生徒を奮起させて進級させて、卒業させて、っていうところもあります。
本校はしつけや頭髪検査など厳しい部分はありますけど、面倒見の良い教員が多いので、なんとか生徒を引っ張ろうっていう文化がある学校です。
今は違いますけど、僕の時代の明大中野は元気な男の子ばっかりで、悪い生徒も多かったです。
そんな中でも、660人いた新入生が630人で卒業するような学校だったので、もともと何とか最後の最後まで面倒を見る、卒業させてあげたいっていう学校文化があるのかなと思いますね。

―異動のある公立より私立の方が学校の文化や雰囲気を作って醸成しやすいのでしょうか。
清水:そうですね。つい2年前まで自分の高校時代の担任が職場にいましたからね。教員になっても生徒みたいなものです。(笑)
同じようにもともと音楽部の顧問をやっていた時の生徒が今、音楽部の顧問をやってますから。ただ、異動がない分、もしかしたら一定の停滞感みたいなものがあるかもしれないですね。

感染症流行の中での学校での気づき

清水:今回のコロナで学んだのですが、もともと本校はICTが遅れている学校で、急に3か月間休校になって、どうしようとなっていたんです。
若い教員たちと一緒にオンライン授業の環境の立ち上げをしようとなっていくのですが、若い教員たちが得意でどんどん進めてくれました。
このときに学んだのが、若い教員たちにやりたい仕事を任せていくってことなんです。
好きな仕事を見つけて、それを任せる。ということでICT推進委員会という組織を作り、彼らに任せたら、どんどん進めてくれました。
明治大学の学生がオンラインで授業に入ったり、実際に見学したり、大学で実際にこんな形ですよって話して大学の先生と交流したり。

―清水先生はやりたい仕事ができずに受けた仕事を頑張るという考えで、自分の育ったやり方を踏襲しがちだと思うのですが、清水先生の生い立ちとは真逆でやりたいことをやってみたらという思考の変化みたいなものがあったのですか?
清水:コロナの前に管理職の任期が終わったのですが、コロナで休校になり、オンライン授業を急いで立ち上げなくてはならないという場面に直面しました。
そんな状況下で、若い先生たちが非常に有機的に動いているのを見て、好きなことだとこんなに面白そうに業務にあたっていることをすごく感じました。若い教員が取り残さずに先輩の教員や年配の教員にもちゃんと教えているのです。

また、現在、授業の見直しを行っています。学力をつけるのに知識注入型の授業は必要ですし、明治大学の付属校なので、大学入学共通テストで7~8割くらいの学力を担保することは、ミッションとして掲げています。
学力を担保するのにどうしても従来の知識注入型の授業は否定できないです。
ただ、それだけだと今の時代に合わないし、寂しいかなとも思いますので、総合学習や探究学習については見直しを行っています。
これも若い教員に任せた結果、チームで見直して成果発表みたいなことを学内で共有できるようになって話し合ってくれて、来年度は新たにやってみたいと言ってくれた若いメンバーが続けてくれることになりました。

明治大学付属中野中学・高校で今後求める教員像

―若い教員も活躍する貴校で今後、どのような教員を求めているかなどはありますか?
清水:やっぱり人格の部分が大事ですね。
生徒や保護者に対しても、常識や、どこまで相手の気持ちに立てるかとか、想像力があるかとか、そういう力も応用していくことができないと、失敗することもあるかなと思います。
しかし何より本校に、合う先生と合わない先生がいらっしゃると思います。
机の上にペットボトルを置きっぱなしにしちゃいけないとか躾に厳しい部分もありますし、挨拶もしっかりさせますし、生活指導の部分は大事にしている学校です。
これから考えなければならない部分もあるのですが、生徒を引っ張っていこうとするのに対してもっと自由にしてもいいのではないか、と思う教員もいらっしゃると思います。

―授業もちゃんとできて、生徒指導もちゃんとできてとなるとハードルが高くないですか?
清水生徒とつながれるコミュニケーション力でどうにかなるものだと思います。
基本的には専門科目において生徒より知識がありますし、授業のうまさって言うのはどれだけ生徒とコミュニケーションを取れているかだと思うのです。
取れていなければ一方通行の授業になってしまいますし、従来の授業の在り方だけで授業のうまさを測ることもできなくなっているので、もう少し広く各教員の授業の良さを見ることができると思いますね。
あと、生活指導は苦手な教員もいらっしゃいますし、生徒指導がカチッとできている教員が生徒から好かれているか、尊敬されているかというと、そうではなかったりします。
あまり生徒指導はうまく行ってないけど、妙に生徒の心をつかんでいる先生もいて、一体感のあるクラス運営をしている方もいるので、厳しくできれば良いってことでもないですよね。
そんな両方できる人ばかりじゃないことは分かっていますからね。僕だって出来てなかったですし。(笑)

―とはいえ、私学の採用の難しさみたいなものはありますか?
清水:公立だと異動がありますが、私立の教員は一生ものなので、志望する際に、このまま骨をうずめて大丈夫なのかと不安に思う方もいると思います。
私は卒業生だから全然、抵抗なかったのですが、本校の教員でも何人かは『このまま勤めて良いのか』と考えた方もいらっしゃいます。
そういう意味では『本校が求める教員はどのような教員か』というものを分かる方がお互いのためだと思います。
受験生向けの学校説明会はやっていますが、教員志望の方にはなかなか情報提供しきれていないかなというのは課題だと考えています。

―人格を重視するとのことでしたが、そこを採用の時に見抜くのって非常に難しいと思いますが見抜けますか?
清水:難しいですね。教員は生徒に学ばせることが仕事ですが、同じように新任教員も仕事を学んでいける人であれば大丈夫だと思いますよ。
私自身も、たくさん失敗しています。
保護者の方々に囲まれて質問攻めになってしまって、職員室で心配されたこともありますよ。最初からできる人はいないですけど、そういった経験から学べる人であれば問題ないと思います。

教員志望の学生へアドバイス

ここまで清水先生自身のことから現状の学校の状況まで、さまざまなことを教えていただきました。

―私学と公立の教員で迷っている人に何かありますか。
清水:私学と言っても各学校で違うし、公立も自治体や配属先によっても違うし、全部を知ってから判断することはできないです。
だから私立でも公立でも、できるだけ自分が学校のことを知って飛び込むしかないです。

―最後に、貴校を志望する大学生にアドバイスみたいなものはありますか?
清水:こんな教員になりたいとか、こんな授業をしたいとか、こんなクラスを作りたいとか、自分の未来像とか夢とかをしっかり持っていてほしいです。
成績の処理とか書類の作り方とか事務的なことは入ってからいくらでも教えられるし、やることになるんですけど、自分の未来像とかは研修では与えられないので、そういうのをたくさん持っている人に来てもらいたいです。ちゃんと理想を語れる人が良いです。

また先日、明治大学の教職課程の学生と質疑応答をしたときに思ったことです。彼らにトラブルが起きた時の対応の質問を複数示した時、彼らは怖がってネガティブにとらえているなぁと思いました。
しかし、何か起きたら対応するのは管理職で、新任の先生方の面倒を見るのは当たり前のことです。
むしろ「保護者から意見がありそうだから」って言われるくらい、やりたいこととかやってみたいことがあった方が、やった結果どうなっちゃうかを心配するより良いと思っています。

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